Youtubeの落とし穴

いや~、びっくり。世間知らずとは私のことですね~。
FacebookのShareで流れてくるYouTube動画に面白いものが多いので、
Youtubeには、ゴミもあるけれど良質の動画もいくらかあるんだろう
と思って「Youtube上映会」を企画しているんです。

で、材料探しに、憲法とかTPPとかテーマに沿ってYoutubeを検索してみると、
ずらずらずら~っとネトウヨのプロパガンダ動画ばっかり並んでいる。びっくりびっくり。

しかも、立派な名前や肩書の人たちが、大真面目に、筋の通らないことを言っている(というか、論理的な話はなくて、ただただ「(暗に野党が言ってること)って変ですよねぇ。」、と事実でも何でもないことを、既成事実であるかのように言う手法でマインドコントロール。

組織的に大量の動画やネットニュースを作り、アクセス数も組織的に増やしているのだろう。
その最上流に総理と日本会議がある、と感じられる。

意識高い系でYoutubeをよく見ている人は、さっそく染まっちゃうわけですね。
「悪貨は良貨を駆逐する(悪がはびこると善が滅びる)」、とはこのことか。

「美しい憲法をつくる会(例の「日本会議」本の出版差し止めで暴露された超怪しげな組織)」をキーワード検索すると、美しげに作られた動画の行列。
「この顔に要注意」という警告には使えそうだ。

最近の報道について

インターネットでは、様々なニュース、解説、現場の状況、専門家の意見を見ることができ、YouTubeには真実を伝える動画も多い。それらを見ていると、これまで信頼して見てきたテレビや大手新聞の情報が大きく偏っていることに気づく。

例えば、N HKや大手新聞社は、皇太子さま55歳の誕生日の記者会見を報道する際、「戦後の日本は日本国憲法を基礎として築き上げられ平和と繁栄を享受している」と発言した部分を意図的に報道しなかった。

あるジャーナリストは「いつも最後に政府与党の言い分をくっつけることでニュースを完結させる」「国会論議のニュースは必ず政府側答弁で終わらせる」というルールがあると話しているそうだ。

 5月3日の憲法記念日、護憲派団体が主催したイベントには約5万人が集まり、インターネット上はそのニュースでもちきりだった。

一方、改憲派イベントの参加者はたったの約1100人。

N HKのニュースでは、数の少ない「改正の必要あり」の主張をまず流し、改憲派イベントの首相のビデオメッセージを流し、改憲派の集会に「およそ500人が集まりました」と隆盛ぶりをアピール。

しかし5万人が集まった護憲派イベントについては報道されなかった。

今の時期、新聞もテレビも安保法施行や憲法問題について、記事・番組総力を挙げて取り組み、読者・視聴者に国の変化を正確に伝えてほしいと思うのだが・・・。

4月4日の読*新聞と秋田さ*がけの紙面を比べると、読*新聞は全40ページの中に安保法関連記事は2本だけ。

秋田さ*がけは、全25ページの中に、1)2)自衛隊員の死傷リスクに関して、3)海自の海外派遣、4)緊急事態条項、5)沖縄米軍基地問題、6)高校生の政治活動、と6本も記事があり、その内容には、「背景、内容説明、専門家の意見、問題点など」が書かれていた。

全体に通じるトーンとして読*新聞は、政府広報として淡々と、まるでなにも問題がないような静かさで政府側の主張を伝え、野党に言及するときは、「猛烈に」「批判している」のような感情的な言葉を添える。

一方、秋田さ*がけは、11本もの法律からなる安保法の中身を様々な側面からとらえ、必要性や問題点をわかりやすく伝えている。

 安保法であれ政府の経済政策であれ、N HKと読*新聞だけを読んでいる人と、インターネットを見、さきがけなどの地方新聞を読んでいる人とでは情報格差が非常に大きくなるはずだ。

政府見解しか読んでいない人には、野党や反対運動をする人たちが「何も問題がないのにヒステリックに騒いでいる」と見えるだろう。知らないということは恐ろしいことだ。

◆『帰還兵はなぜ自殺するか』まとめ

アメリカでは、イラク戦争に派遣された兵士の、戦死者よりも、帰国後の自殺者の方が多くなったそうだ。『帰還兵はなぜ自殺するか』という本からその理由を読み解く。

即席爆弾による脳損傷とPTSD

対テロ戦争や紛争地域では、戦闘そのものよりも、移動中に即席路肩爆弾にあって死傷することが多い。即席爆弾は超音速の爆風を生じ、装甲戦車をも破壊する。

先進国の兵士はハイテク化した防護服で戦う。爆弾で吹き飛ばされても「死なない」ばかりか、体は無傷でいられるケースが増えた。重くて硬いヘルメットは爆風の圧力を増幅させ「外傷性脳損傷」をひきおこすが、外見上無傷なため、兵士はすぐに部隊に復帰する。

イラク、アフガンに派遣された兵士は年に二百回以上のパトロールに出て、平均12~15回の即席爆弾攻撃を受けた。前を行く車両が爆弾で吹き飛ばされるのを目撃し、そして自分自身も被弾を体験し、それでも同じ任務を毎日続ける、これがPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こす要因になった。職業軍人はそれが仕事とはいえ、あまりにも過酷すぎる。

外傷性脳損傷は、爆風による衝撃波が原因で脳幹に損傷を受けるもの。帰還後に精神を病むが五体満足なため周りに理解されず、人間関係を悪化させ、果ては・・・。

愛国者がモンスターになる

戦地に派遣される兵士は間違いなく、愛国心に満ち、知識も教養もあり、心身ともに健康な若者だ。命が大切であること、殺したり財産を奪ったりしてはいけないことを当然理解している。ただし「軍人」になれば、敵を殺し、建物を破壊するのが仕事だ。

 家族と過ごす時間は「人間」、戦地に行ったら「軍人」、しかし人間/軍人の切り替えに迷いが生じたら・・・。対テロ戦争では武装した男性だけでなく、家族を思い出させるような女性、高齢者、子供も敵になる。仕事が終わって宿営地に戻れば、インターネットで家族と会話できる。

家族と過ごす時間に無慈悲な殺人の記憶がフラッシュバックしたり、敵を攻撃している瞬間に敵の顔が自分の家族と重なって見えたりしたら・・・。

人間はロボットではないから、オン・オフを切り替えたり、記憶をリセットしたりはできないのだ。「自分がモンスターのような気がする」。人間の心で軍人の任務を果たし、誰にも話せない記憶を抱えて無口になり、終わりのない罪悪感に苦しむ。

衛生兵の任務

部隊が攻撃を受けたら、生死にかかわらず、速やかにボディ(死傷体)を回収するのも衛生兵の仕事。兵士はたくさんの軍事機密を身に着けているから、死体も機体も回収しなければならない。

ある衛生兵は、仲間の人数や顔を思い浮かべ、「やれやれ、全員回収できた」とほっとした瞬間に、「目は引き出せなかった五人目の兵士を見ていた」。一人、回収し忘れていたのだ。それからずっと「なぜ俺を忘れたんだ」「なぜ回収にきてくれなかったんだ」と迫るその仲間の焼死体が頭から離れない。

助けられなかった罪悪感


隠された爆弾を見つけるのが得意な兵士。その技で何度も部隊の危機を救ってきた。彼が任務を休んでいたとき、出動した部隊が爆破された。帰ってきた仲間が「あんたがいたら(そして爆弾を見つけてくれてさえいたら)仲間は死なずにすんだ」と言った。「お前のせいだお前のせいだ・・」そう言われたように感じ、罪悪感が止まらない。

民間人を殺傷した罪悪感

【悪夢】パトロールで小学校に入っていく夢。女の子たちが悲鳴を上げ、俺はクラス全員を撃ち殺す。こんな夢を見る自分、夢が止まらないことに怒りを覚える。【幻覚】死んだイラク人たちが(帰国後の自宅の)浴槽に浮かんでいるのを見たことがある。どうして浴槽にいるのか、さっぱりわからない。いま暴れまわりたい気分だ。

日本の自衛隊は安保法成立によって、米軍の後方支援として、捜索救難活動、武器等防護を担当し、戦地を移動したり、戦闘地域で負傷米兵の回収にあたったりする。国会では、憲法がどう、国会承認がどう、ということばかり議論され、戦争の実態については、他国がふつうにやっていることだから、と問題にならなかった。

しかし、戦地に派遣される自衛隊員、その家族、その友達、民間徴用される立場にある職業の人たちは、自分たちがどこに派遣され、どんな活動をし、どんなリスクがあるかに、少しは関心を持った方がいいと思う。

憲法改正について

最近の世論調査では、「憲法改正必要なし」と考える国民が多い。

しかし、
現政権が参議院選で勝利し、
その勢いでPKOを南スーダンに派遣し、
「非戦闘地域が戦闘地域になって自衛隊が抜けられなくなり」
「不十分な訓練、武器、不戦ルールに縛られて自衛隊員が死傷」という事態になり、
国民が動揺している中で総理が堂々と「だから、やっぱり憲法を改正して軍をちゃんとしなければいけないでしょ」
と言えば、憲法改正に同意する国民が増えるだろう。

 先の安保法案の国会審議では、「不十分な訓練、武器、不戦ルールのままの自衛隊を海外の紛争地域に送ってはいけない(危険が明らか)」と野党がさんざん追及しているが、自民党は、海外派遣による自衛隊員の犠牲を承知の上で、それを憲法改正の踏み台にする意図をもって、安保法を通した。

 憲法改正については、9条や緊急事態条項が議論になることが多い(もちろん大問題だ)が、自民党の憲法改正草案を見ると、それ以上にとんでもなく異常なことに気づく。

自民党憲法:日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。

 この条文に書かれていることは、もちろん良いことばかりだし、できる範囲で皆がそれを実行するべきだと思うが、憲法に書かれたら、それが国民の義務になってしまう。

「国と郷土を守ること」が義務になり、新たに「民法」に並ぶ「伝統法」が制定され、日本社会の細部にわたって新たな法規制が作られるだろう。

「郷土」や「和」「家族」が憲法に書かれれば、それに反することは「違憲」となり、「離婚はけしからん」「子は親の面倒を見ろ」、「町内会に不参加」「祭りに不参加」「消防団に不参加」に罰則(懲役または罰金)。祭り、神道、仏教などの伝統や、家父長制度などの慣習を「守る」ことが義務化されるだろう。

国を守ることが国民の義務なのだから、もう「徴兵制」がどうとかいう必要はない。政令一つで誰でも徴兵される。なにしろ国家形成に協力しないのは「違憲」なのだから。

自民党憲法:我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。

働かない若者、結婚しない男女、同性愛、両性愛、熟年離婚・・・「昔はこんなことが無くて良かった。自由を野放しにしてはいけない」と思う人は、「自由と規律」という美しい言葉に酔うだろう。

今の日本国憲法では「思想・信教、表現、学問、職業選択、財産、奴隷的拘束の禁止」などの自由が保証されている。しかし自民党憲法では、これらの自由のうち、社会の規律を乱す恐れのある自由は制限される。

何が社会の規律・公共の福祉であるかは、時の政権の都合次第で変えられる。政権にとって都合の悪いことは全て違法になる。一番良い例が北朝鮮だ。ロシア、中国も、政権の都合のいいように、国民の自由が制限されている。

今の日本には「働かない自由」もあるが、「我々は・・・経済活動を通じて国を成長させる」と憲法に書かれたら、働かないことは違憲と言われるだろう。しかし、そもそも我々は「国を成長させる」ために生きるのか?

自民党憲法:日本国民は、よき伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

憲法はその国の根本秩序を規定する法律で、国民が守らなければならない制約だ。自民党憲法では、「日本国民は何のために生きるか‐国家を子孫に継承する(国家の存続)のためでしょ」となる。びっくりポンですね!

総理はよく「私が国の最高責任者(実際は行政府の責任者でしかない、国権の最高機関は国会)」「私には国を守る責任がある」と言うが、総理の頭では、国民一人ひとりではなく、国家の存続こそが大事なようだ。

総理が中近東で「イスラム国を食い止めるために2億ドル出す」とスピーチしたことでイスラム国の反発を招き、後藤健二さんが殺害された。昨年12月にジャーナリストの安田純平さんがシリアで武装勢力に拘束され、いまだ解放されていないが、政府は「国民を守る」という意味で何か動いているのだろうか。

総理が「我が国の平和と安全のため」と言うとき、その中に「日本国民」は含まれているのだろうか。

>>自民党憲法改正草案PDF

憲法と戦争

今の日本国憲法は、「先の大戦が天皇主権で国民の命が軽視された」「政府の行為によって戦争が行われた」ことを深く反省し、それを繰り返さないために「(天皇や政府ではなく)国民主権」「武力は持たない、戦争はしない」と決めたもの。「いずれの国家も、他国を無視してはならない」とあるのは、日本が太平洋戦争でアジア諸国民二千万人以上の命を奪ったことを反省し、これからは他国のことも考えましょう、という意味だ。決して「他国が軍隊を出しているから日本も出しましょう」という話ではない。

 一方、自民党憲法草案は:
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。

自民党憲法には、先の戦争への反省が一言もない。政権がめざす「平和主義」は、「同盟国である米軍と連携しながら国際社会の平和と安定に積極的に軍事的にも関与していく」というもの。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、その他民主化の名のもとにアメリカが武力介入や侵略した数々の戦争に、日本は戦後、軍を投入してこなかったが、これからは米軍の軍事同盟国として積極的に参加する、というのだ。

戦後の日本はなにをやってきたか。日本政府はかつてアフガニスタン戦争の際、敵味方のどちらにもつかない立場で、「武装解除して民主的な選挙をしなさい。そうでないと日本は数千億ドルの支援金をあげないよ」という交渉を粘り強くやり、複雑な利害がからむ武装勢力たちの武装解除を成功させた。同じことをアメリカがイラクでやって失敗した。仲介者には「敵味方どちらにもつかない立場」ということが絶対必要なのだ。「日本は武力行使を放棄した国」ということが紛争地の人々に理解され、欧米各国が武装してくる場面に自衛隊が丸腰で来る、その危うさが、逆に現地の人たちの信頼を得たのだ。

紛争に疲れた国々に調停を呼びかけ、公平な采配で武装解除し、支援金で復興を後押しする、自衛隊と国民の税金をそのような活動に使うことが、日本にしかできない国際貢献であり、ひいては日本国の安全につながる、これは憲法9条を守り強化すべきだ、と考える人たちの防衛戦略だ。確かに非武装は危険だ、しかし米国のような最強の軍事力から平和が生まれなかったこと、非武装の日本から平和が生まれたこと、この意味をよく考えたい。

◆教科書検定について

 平成26年、自民党の提言によって、「政府の統一見解を記述すること」「バランスのとれた記述」など、教科書検定基準が変更された。

今年3月に公表された教科書検定では、例えば

●「積極的平和主義とは、広範な地域で自衛隊の活動を認めようという考え方」という記述に対し、「生徒が誤解する」と検定意見がつき、「積極的平和主義は、国際社会の平和と安定および繁栄の確保に、積極的に寄与していこうとするもの」に変更された。

●集団的自衛権の行使容認について「日本が世界のどこででも戦争ができる国になるのかもしれないね」という記述が、「平和主義のあり方が大きな転換点を迎えているといえるのかもしれないね」に変更された。

 検定意見がついて変更された後の文章は、総理の国会答弁と同じで、上品ぶった言葉を並べてはいるが、実質何も意味していない。ただなんとなく、問題はない、大丈夫というイメージだけが伝わってくる。

 また、太平洋戦争を「自存自衛」「アジア諸国の解放」と描き、「日本は正しい戦争を行った」という認識をもたせる教科書と、戦前の大日本帝国憲法を美化し、戦後の日本国憲法をアメリカに押しつけられたものとし憲法第9条の改憲へと誘導する教科書は、例年通り問題なく合格とされた。

 そもそも教科書検定は、戦前の学校教育で軍を崇拝し戦争を鼓舞する誤った教育が行われたことの反省から、偏りがないように内容をチェックするために導入されたのではなかったか。今また、国内の様々な意見を無視して政府の意見だけを押し付ける、これが子供たちの教育に使われるのかと思うとぞっとする。
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